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[140] ●あれから一年 A Name:道開き Date:2012/03/17(土) 17:50 
震災から一年が経ち、テレビでは様々な特集番組が放映されたようです。その中に、新聞社を舞台にした二つのドラマがありました。録画してじっくりと見させていただきました。

一つは、アメリカのニュース・ジャーナリズム博物館・「ニュージアム」に殿堂入りした“手書きの壁新聞”を貼りだし、被災した市民に情報を提供し続けた石巻日日新聞社を舞台にしたもの。
社長の近江弘一の役を中村雅俊さんが演じていました。この近江弘一氏という人物は、私の高校時代の同級生で、中村雅俊さんも、高校のかなり上の先輩に当たる方です。よって、今回のドラマは、共にふざけ合っていた同級生を、当時の青春ドラマの憧れの先輩が演じたということになります。「卵が先か、ニワトリが先か」みたいな、不思議な感覚をもって見させていただきました。

もう一つは、当地における地方紙の大手・河北新報社を舞台にしたもの。その中に、報道局整理部長・原谷守という人物が登場していましたが、この人も高校時代の同級生です。やはり、実物よりも二枚目の俳優さんが演じていましたが、こちらも、自分の知っている人が役柄として出てくるといった点においては、全く同様に、不思議な感じを受けながら見させてもらいました。
お二人とも、立派な社会人として活躍されているということは、同級生の私といたしましても誇らしい限りです。

話は変わりますが、震災後3、4ヶ月が過ぎた頃、避難先だった姉の家で、夕方、何とはなしにテレビをつけてみましたところ、歌手の岩崎宏美さん、森公子さん、中山エミリーさん等、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のメンバーの方たちが、石巻の中学校を訪れたところが映し出されていました。そのまま引き続いて、森公子さんがJR仙石線の野蒜駅周辺を、高校時代に遠足で訪れた思い出を語りながら歩く姿なども映し出されました。ということは、メンバーの皆さんもお揃いで、この野蒜の地まで足を運んで下さったということなのでしょうか。私などの年代の者にとっては、AKB48やモーニング娘さん等のメンバー全員に足を運んでもらうよりも、「熱烈歓迎!ウェルカム!」で、はるかに喜ばしいことです。

ノーメイクのジャージ姿でもいいから、天地真理さんや、大澄賢也さんと一緒でなくてもいいから、小柳ルミ子さんが、もう、お姫様カットが似合わなくたっていいから、麻丘めぐみさん等が、当地まで足を運んで下さるのならば、それはもう、ただただ「めでたい」の一言に尽きます。


[139] ●あれから一年@ Name:道開き Date:2012/03/04(日) 15:45 
以前から、毎朝の御神前へのお供えを執り行う「日供(にっく)」の後に、「鎮魂行」をおこなって来ていましたが、震災以降は、更にその後に、自分なりの「招魂(しょうこん)・慰霊(いれい)の祭祀」を執り行っています。

氏子区域に限らず、より広い範囲で、津波の犠牲になられた方々のミタマが被災場所に留まったり、迷ったりすることのないようにお祈りを続けています。
祭祀を執り行う際の神職は、ある種の“神憑り”状態に深く入り込んでいる方が神々の力を受けることができますので、「鎮魂行」を終えた直後というのは、まさに“霊力”が発揮できる絶好の時となるからです。


早いもので、大震災から一年が経ちます。当日は、支部の事務局をしていたこともあり、夕方に開かれる会計監査と役員会の資料を整え終えて、まさに石巻まで出かけようとしていた時でした。まだ開催時刻までには時間に余裕があったので、居間でコーヒーを飲んでいました。その時にあの大きな揺れが襲ってきたのでした。

奥の部屋にいた父を連れ出そうとしましたが、揺れが激しくてうまく歩くことができません。ようやく揺れが収まったのでなんとか家の外まで連れ出しました。神社のことが気になったので、先ずは社殿の無事を確認して家まで戻りました。やがて、すぐ側の野蒜小学校の方が避難してくる車で騒がしくなってきたので、父に自動車の中にそのまま待避しているように言い聞かせ、歩いて小学校へと向かいました。

小学校の校門前の道路は避難する人たちの車で渋滞していました。すると、逸早く避難して車の整理に当たっていた州崎区の区長Kさんに呼び止められ、「亀廼井さん、校門のところで車の誘導をしてもらえませんか。あの通り、すっかり詰まってるんで」との依頼を受けました。
そういうこともあって校門の前で車の誘導をしている時に、あの大津波がやって来ました。誰かは判りませんが、遠くの方で「津波が来たぞ〜」という叫び声が聞こえ、あちこちで悲鳴が上がっています。海の方角を見てみましたら、バリバリッと家を破壊する音を立てながら、ドス黒い水が自動車を浮かべながら仙石線の踏切を越えて来るのが見えました。距離にして100メートル足らずの所まで迫っていました。

 子どもの頃よく、亡くなった祖母に「津波が来たら山に逃げろ」と繰り返し言い聞かされていましたので、津波を見た瞬間には何も考えずに山に向かって走り出していました。運良く、子どもの頃に山登りをして遊んだ小学校脇の山の近くにいましたので、その登り口に向かって走りました。

山の崖を駆け登りながら、車の中に残してきた父親の事が頭の中をよぎりました。そのまま山伝いに自宅の裏側まで行き、家の方を見渡したところ、父親を乗せた自分の車が浮いているのが見えました。
自宅西側の山で津波が行き止まりとなって、遠くまで流されずに山裾のところで留まっていたのです。自宅東側には竹藪があって、竹にガレキが引っかかって守られたのもあると思われます。家の前方と後方は、家や数多くの車が流されて来ていました。
(この時の状況をあまり詳しく書いてしまうと、書いてはいけない事まで記してしまいそうなので、これ位で止めたいと思います)

水が引いてくるのを待って、ガレキの上を伝って車の所まで行くと、父親が自分で車のガラスをハンマーで割って、手を振って助けを求めていました。このような事もあろうかと、常日頃から車にはハンマーを積んでいました。そのまま父を車から出して、集まっていた近所の人たちの手を借りて山まで登らせ、皆で一晩を過ごしました。

不幸中の幸いだったのは、一緒に過ごした十数人の中には、使用可能なライターを所持している人もいましたし、何よりも、父を山裾まで乗せて運んだ私の車の中には、頑丈なノコギリも積まれていましたし、ブルーシートも積まれていたのです。
父は車の中で全く濡れないで済みましたし、山に引き上げられてからも、ブルーシートで降り続いていた雪を凌ぐことができました。一晩中、ノコギリで山の木を切って焚き火もでき、お陰で低体温症にもならずに済んだのでした。まるで私の車は、ノアの方舟のような働きをしてくれました。家の中にいたら、間違いなく命を失っていた筈です。
翌朝以降の状況もあまり詳しく書いてしまうと、書いてはいけない事まで記してしまいそうなので、この位で止めたいと思います。


後から考えると、様々な形で「守られていた」のだということに気づかされます。
暖を取るのに役立ったノコギリは、「境内の樹木の枝を切るのに、ガッシリしたノコギリが欲しい」と、震災の三日前に、何となくホームセンターで購入し、車に積んだままにしていたものでした。

震災の数日前には、本当にこれも何となくなのですが、『ハチ公物語』を観て感動していたこともあって、同じく犬が主役となる映画『マリと子犬の物語』のDVDをレンタル店で借りてきて観ていました。その舞台となっていたのは、2004年に発生した新潟県北越地震により甚大な被害を受けた山古志村でした。

更に後になって知ったのですが、この掲示板に、震災が起こる一月前に[104]「 ●名曲は時代も超えるし、国境も越えていく」という書き込みの中で取りあげていた、岩崎宏美さんの『始まりの詩、あなたへ』という曲。作者の大江千里さんが、新潟県北越地震の被災者を励ますために作られた曲だったそうです。とにかく、気になって気になって、仕方がなかった一曲なのです。

更には、震災の数日前にこの掲示板に記した「第442連隊戦闘団」についての書き込みについてです。まさか書き込んだ数日後に、自らが被災部隊となった多賀城連隊の人たちが、不明者捜索のために当地にやって来るとは考えても見ませんでした。
そして、緊急津波警報が発令されるたびに、ネットへの書き込みを行った2階の自分の部屋に、緊急避難の為に駆け上がって来たのでした。泥靴で、かなり部屋の中を汚されましたが、仕方のないことだと思っています。私も一人の日本人ですから、あらゆる協力を惜しむものではありません。
サイバー空間を移動して私の部屋までやって来た霊にも驚かされましたが、自衛隊の人たちが部屋までやって来たのにも非常に驚かされました。


[137] ●憑き物祓い Name:道開き Date:2012/02/21(火) 17:05 
霊が見えたり、霊言が聞こえたり、霊の存在を感じたりするといったことは、物質的な事象とは異なり、あくまでも感覚的問題であるので、その人の神経の働きに深く関わっているように思われます。よって、霊的な障りがあるのではないかとお祓いを受けに来られる方々の状態は、自律神経が極めて不安定な状態になっていますので、船などの乗り物酔いをしている時に非常に似ています。

生あくびが出て、眠いような感じもするし、体もだるく、頭も重い。耳が詰まったようになり、耳鳴りまでしてくる。次第に、冷や汗が出てきて、吐き気までしてくる。思考能力が低下してくる(この説明も、乗り物酔いをしたことのない人には理解できないかもしれませんが)。 かといって、医者からは身体のどこにも悪いところがないと言われる。

霊の憑依を受けている人というのは、そういった状態が基本にあって、あとは、「背中の辺りに何者かが乗っかっているように重苦しい」だとか、「身体のあちらこちらを何者かが移動して回っているのが感じられる」だとか、「直ぐ側にいつも誰かがいるような気がする」だとか、人によって感じ方も異なります。

中には、そのまま昏睡状態にまで入っていく人もいます。多くの方々は、気分が晴れないままに鬱々とした日々を送り、「死にたい」という言葉を口にし始めます。
だから、周りの人たちからは、精神的、神経的な障害があるのではと見られたりもするし、医者にもその様な診断を下されることにもなります。
(その際に、心拍数や血圧が低下しているのか、上昇しているのか、といった生理的な状況までは解りかねますが。)

おそらくは、「霊 → 気 → オーラ → 神経 → 精神 → 体」といった波及の仕方をしているように思われます。

お祓いの効験についても、「御祈祷が始まるや、神体が前後左右にひとりでに揺れ動いて自分では止めることができなくなった」だとか、「身体の痛かった部分がジョンワジョンワして痺れるような、電気を掛けられているような、温風を浴びせられているような状態になった」だとか、その時に、その人の受けた感覚を語ってもらうしか確認方法がないのです。

何年も病院通いをして、全く快方に向かわなかった体調が、たった一度のお祓いで良くなってしまったという例も非常に多く、試してみる価値は十分にあるものと思います。
結局は、迷って憑依してしまっている霊を、あの世へと正しく導いて、送り届けてやるしかないのです。


●被災地にボランティアに入った方たちの中には、体調を崩してしまったり、神経を患ってしまったりしている人たちが、思いのほか、大勢いらっしゃるという話を耳にします。それでは、せっかくの親切心が徒になってしまいます。そういった方は、病院に行くのと並行して、近くの信頼できる神社でお祓いを受けてみればよいでしょう。(大丈夫です。現在、テレビを賑わせている“自称”「占い師」、「霊能者」のように、高額な金品を要求してくることはありませんので)
それでも効験が感じられない場合は、当社に電話連絡していただければ、こちらもボランティアで、無料でお祓いをしてさしあげます。


[136] ●物故者慰霊祭 Name:道開き Date:2012/02/09(木) 15:19 
もう一月もすると、東日本大震災からまる一年を迎えることとなります。来る3月11日の午後2時より、石巻市の日和山公園において、神社本庁主催による物故者慰霊祭が斎行されます。震災後、よくテレビに映し出されました、石巻市民が津波から避難して石段を登って来たところにある、街中が一望できる高台の公園です。時間に都合のつく方は、どうぞ御参列なさって下さい。

あの、海を見おろすように立つ鳥居は、山頂に鎮座している鹿島御児(みこ)神社のもので、すぐ側で、後に長渕剛さんが野外コンサートを開いたりもしました。あの場所で開催されます。
鹿嶋御児神社は当社サイトの「リンク集」にも載っていますが、禰宜さん若夫婦とは懇意にさせてもらっています。昨年の夏には、NHKの番組『鶴瓶の家族に乾杯』にも出られていたようです。神社の「キティちゃんお守」が有名になっていて、名称が、かなり大衆迎合に過ぎるのかなーとも思われますが、「悪魔ちゃんお守」などといったところまでは行っていないので許しましょう。

私も高校は石巻に通っていたので、石巻の街には特別な思い入れがあり、被災後の状況がとても気に掛かっております。あの日和山公園は、所属していた柔道部のランニング・コースで、“クロスカントリー”と称して、何度となく、公園を走り回っては石段を上り下りさせられた場所でもあります。お花見の時期には、花見客に「一曲歌わせていただきます」とこちらから申し出て、歌のご褒美にコップ酒を飲まされたところを現行犯で警察に捕まり、停学処分をくらった先輩もおりました。今となっては夢のような思い出となっております。確か、その先輩、今回の大津波被害を象徴する悲劇の舞台となってしまった大川小学校卒の方でした。

そう言えば、その当時、生まれて初めて、頭にターバンを巻いたインド人を見たのも石巻でした。その人は誰かというと、石巻の川開き祭に招待されて来ていた演歌歌手のチャダさんでした。ハッピのようなものを身にまとい、名前の書かれた襷を肩にかけ、オープン・カーに乗っていました。感動しました。


[135] ●サイバー空間を移動する霊 A Name:道開き Date:2012/02/09(木) 15:16 
以前にも、この掲示板に書き込んだことのある内容となりますが、2004年3月の私自身の体験を以下に記します。

その夜、いつも通りに布団の中で深い眠りに就いていました。ふと目を覚ますと、この私、どういう訳か「トホカミエミタメ」の神言を繰り返し、『三種祓詞(みくさはらいし)』を唱えています。どうしたのだろうかと自分でも不思議に思っていると、何かモヤモヤしたモノが身体全体を覆いだし、息をするのも苦しい状態になりました。

「何か変な“禍物(マガツモノ)”みたいなヤツが来ているな」と直感的に察せられたので、お仕えしている白鬚神社の神々様たちに、“清め祓い”と“禍物(マガツモノ)”の導きを祈願しました。時間にして10〜20秒もそうしていたのでしょうか、ハッキリとした記憶はないのですが、次第に楽になってきたので、そのまま再び眠ってしまいました。目を覚ますと朝になっていました。

起床後、毎日の日課通りにパソコンを起動させ、メールの送受信を行いました。青森の神職の友人からメ−ルが届いていました。

「最近、ある人のお祓いを行っているのですが、どうやら親族同士の骨肉の争いになっているみたいで、死霊や魔物みたいのがゴッチャになって憑いているし、相手側に憑いている死霊や魔物みたいなものまでやって来て、大変な状況です。・・・この憑き物たち、かなり凶暴で、足とか、胸に噛みついてくるのです」
といった内容でした。

友人がメ−ルを送信した時刻が昨夜の真夜中になっていました。ちょうど私が寝ている部屋に、変な“禍物(マガツモノ)”みたいなヤツがやって来た時刻と重なります。
もしかして、霊が、電話やメ−ルに連動して移動するってことが本当にあるのかと、ある種の驚きさえ覚えました。これが現代の怪異現象なのかと。
ホラー映画の『呪怨(じゅおん)』だとか『着信アリ』みたいなのも、全くあり得ない話ではないのかとも思える出来事でした。

しかし、後になってよくよく考えてみますと、真夜中の時点では、友人から私に送信されたメ−ルは、まだ、サ−バ−内に止まってあった筈です。私は朝になってからメ−ルを受信したのですから。
ということは、サ−バ−を通り越して電話線を伝わって、我が家までその憑きモノたちがやってきたのか。それとも、メ−ルを送信した時に、友人の思いに乗ってやって来たのかのどちらかです。その友人、かなり霊能が強い方ですから。(青森と沖縄は霊能の強い人が多い、そういう土地柄です。)

更に、よくよく考えてみますと、もしかしたなら当社の御祭神の白鬚神社の神々様たちが、そのモノたちを私にお祓いさせようとして呼び寄せたのではなかろうかとも考えています。


◆◆◆◆◆◆◆
人の“思い”、つまり“思念”といったものは携帯電話の電波と似たようなものなのでしょう。それが強ければ強いほど、我々の生活している「この世界の裏面」と言ったらいいのか、「見えない世界」と表現したらいいのか、「この物質世界が浸っている霊的世界」を確実に伝わって行くみたいです。霊的大海に石を投じると、その波が少しずつ遠くに波及していくかのように。

携帯電話とか、メ−ルとか、手紙でもいいし、物品でも同じなのでしょうが、そういったものを利用すると、確実に伝わり方が強まるようです。又、この伝わり方は三次元的意味での“距離”とは全く関係ないようです。

民間陰陽道が現代にも深く伝わっているという、高知県のイザナギ流の祭祀者・太夫(だゆう)さんの中には、“裏”専門の悪徳太夫みたいな人もいて、「相手が、たとえ地球の裏側にいても決して外さない」と豪語しているそうです。(これは週刊誌からの知識だから、あまり当てにならないかもしれませんが・・・)

しかし、「人を呪わば穴二つ」で、作用には反作用が伴いますから、 こういった人たちは末路が悲惨なのだそうです。常に、“愛の念”、“感謝の念” を忘れずに、神さまの守りの中で日々暮らしていきたいものです。


[134] ●“トモダチ作戦” Name:道開き Date:2012/02/05(日) 18:56 
米軍によるJR仙石線・野蒜駅の復旧作業を車の中から見ていました。“トモダチ作戦”の一環だったそうです。東北の空の玄関口とも言える仙台空港の復旧は見事でした。どれだけ被災地の人たちを勇気づけたことか。

後日、“不肖(ふしょう)宮嶋”こと、フリーカメラマンの宮嶋茂樹さんの写真集『再起』を本屋で買って来てながめていましたところ、当日の作業の様子を撮った写真が目に止まりました。当時、宮嶋さんも野蒜駅にいらしたのですね。自衛隊が奥松島の宮戸島に浮橋を架ける作業を撮った写真などは非常に感動的でした。見るたびに涙と勇気が湧き出てくる一冊です。

国も、県も、市も、スピード感の足りなさは否めないにしても、被災地のために一生懸命に取り組んでいると思います。米軍までもが助けに来てくれました。

被災地にいてテレビを見ることのできなかった自分は、後から知ったことなのですが、震災当日のJRでは、東京都心の各駅舎から帰宅困難者となった利用客たちを、シャッターを降ろして閉め出したということです。
こういった対応は、東電と同じで、競争のない“殿様商売”をしている独占企業ならではのものなのでしょう。日常とは異なる非常時だからこそ、地元や利用者の要請に十分に応えて便宜を図る、“一肌脱ぐ”的な対応が求められるのでしょうに。

交通インフラの回復は、復興そのものを勢い付けます。それにもかかわらず、今現在、腹に据えかねるのが、当地におけるJRの対応です。東松島市議会でも全会一致で可決したばかりなのですが、米軍が復旧作業を手伝ってくれた野蒜駅から、隣の小野駅までの路線の仮復旧による早期運行再開に対する心の無さです。

地元にいる者の目から見れば、線路そのものがそれほど傷んでいるようでもないので、低予算で早期に復旧することが可能だと思われるのですが、「二重投資になることはしない方針」だとして東京のJR本社が首を縦に振らないのです。おそらくは、取るに足らない地方のことなので、本気になって検討していないといったところが実情なのでしょう。

“トモダチ作戦”を無駄にしてしまうのかと言いたいです。JR本社も、しっかりと当地における“トモダチ作戦”を引き継いで実行すべきです。


[133] ●被災地の明るい未来 Name:道開き Date:2012/02/03(金) 18:50 
被災地にいる人たちの苦悩ばかりが報道されると、まるで苦しみしか存在しない、不毛の地になっているかのような錯覚を持つようになります。本当の意味で復興の後押しをして下されるのならば、明るい未来だとか、希望、夢、被災地の心意気、復興の兆し・・・みたいなことも報じていただかないと、バランスを欠くものと思われます。

そのような苦悩の場所からは去ってしまうのが一番だとの判断を促し、ある意味、人口流出に拍車を掛けてしまっているとも考えられるのです。特に、NHKスペシャルの被災地報道は余りにも暗すぎます。日本はもう終わりなんだと言わんばかりの、マイナスな事しか口にせず、逆に、世の中の消費の悪化を招いている経済評論家みたいなことはしないで欲しいのです。これは極めて重要な問題です。

復興のステージも、すでにそのような段階に入っているものと信じたいです。


[132] ●サイバー空間を移動する霊 @ Name:道開き Date:2012/02/02(木) 15:32 
バーチャルなデジタル世界とも言えそうなサイバー空間ですが、現実の社会ともかなりの部分でリンクしているようです。買い物や取引などにとどまらず、警察や軍隊までもが、サイバー攻撃や犯罪に備えて、専門チームを立ち上げて対応しているのが現実です。

中には、当サイトのような神社サイトもあれば、寺院、拝み屋(祈祷師)さん等の極めてスピリチャルなサイトも数多くあります。
変な書き込みをしている神主がいると揶揄(やゆ)されてしまいそうなことは解りますが、ここ数年で急増しているのが、インターネット関連の憑霊現象なのです。そのほとんどが、霊に関わる有害サイトにアクセスしたことから始まっているようです。(携帯サイトも同様)

こういった内容のことを書くと、「オカルト」の一言で片付けられてしまいそうなことも解りますが、とにかく、霊と電気、インターネットといったものは非常に相性が良いというか、リンクしやすいもののようなのです。

サイバー空間に蠢(うごめ)いている霊のほとんどが悪霊だと思って間違いありません。それも、あの手この手を使って巧みに働きかけをしてくる、質(タチ)の悪い曲(クセ)者の霊が多いようです。若い人たちがネット検索していく内にそういったサイトに辿り着いてしまい、被害を受けるといったケースがほとんどです。ここ最近でも、私の地元の同級生Aさんの娘さんが、そういった霊にやってこられて大変な思いをしたようです。

以前、『リング』というホラー映画がヒットしましたが、それと非常に似ていると思われます。ビデオテープの中からやって来る“貞子”霊みたいなのが、自分の生活の場にいとも簡単にやって来るのです。
まさか警察がそういった霊的有害サイトを取り締まって、悪霊たちを逮捕するという訳にもいかないでしょうから、自分からアクセスしないことこそが唯一、最善の対応策とも言えます。
ちなみに、当社サイトは、そういった霊的有害サイトの対極に位置するサイトであると自負しています。サイバー空間を清め祓うサイトです。


[131] ●今年の正月にSさんから聞いた話 Name:道開き Date:2012/01/27(金) 16:25 
今年の元日に、県内のM市に住まわれ、塾の講師をなさっている女性Sさんから伺った話になります。以前、霊的な障りがあって、白鬚神社においてお祓いを受けたことのある方です。今年は津波で社殿が流失していたので、宮司宅神殿で新年の御祈祷を受けたいということで参拝にいらっしゃいました。

昨年の東日本大震災が起こる2日前に、神社まで参拝に来られたということでした。と言うのも、その何日か前に塾で教えている最中に、教え子の一人が突然、「しらひげ」と言ったというのです。不思議に思い、耳の錯覚ではないかと聞き返してみたそうです。すると、もう一度ハッキリと「しらひげ」と言ったそうです。その教え子は普段から、ボーっとしているような様子が時折見受けられる子らしく、どうして「しらひげ」という言葉を発したのかを聞いてみても、本人にも全く解らないということでした。

その教え子と白鬚神社の間には、何の因果関係も無いはずです。その後、よくよく考えてみたそうです。昨年の正月に、義理の妹にも当たる方が白鬚神社をお参りしたいと言うので、一緒にお参りされたそうです。そして、その一月後くらいに亡くなられたということでした。(死因については何も伺っておりませんが・・・)

おそらくは、亡くなられてからまだあの世へと赴いていなかった義理の妹さんが、白鬚神社まできて、そこから神々に導かれるようにしてあの世へと旅立つことを望んだのではなかろうかとも考えられます。こういったケースはよくあることです。


[130] ●「禍福はあざなえる縄の如し」B Name:道開き Date:2012/01/25(水) 15:30 
由紀さおりさんとアメリカのジャズ・オーケストラのピンク・マルティーニとのコラボ・アルバム『1969』を繰り返し聴いております。

元々が実力派歌手の由紀さおりさんですが、このアルバムのヒットにより、一足飛びに世界に飛び出してしまった観があります。人はコツコツと地道に仕事に取り組んでいると、突如として何事かが起きたりするものなのだなーとつくづく感じさせられる出来事です。これはシャーマニズム的事象が正しく好ましい形で発動したケースとも言えるでしょう。
BSの『ショータイム』という番組で事態の詳細を知るにつけ、つくづくそう思わざるを得ませんでした。

日本の歌謡曲そのもののコンテンツも豊富でしっかりしたものなので、当然といえば当然のことで、別に驚くべき事ではないとも思います。映画やアニメ、コミックなどの文化があれだけ受け入れられているのに、音楽だけが受けないわけがない。どういった形でプロデュースがなされるのか、それ次第だろうなーと以前から考えていました。

円高により、日本企業による海外企業の買収が急激に進んでいるようですが、以前のような敵対的買収とは異なり、お互いにメリットが生じる、Win-Win(ウィン・ウィン)になる形式を取らないとうまくいかないとされているようです。音楽界のコラボレーションも、成功するか否かは全く同じことなのでしょう。

“こまどり姉妹”さんのドキュメンタリー映画が、若い人たちの間で受けているという話などもうかがっています。我々の世代の者たちが、明治の人たちに対して尊敬の念を抱くのと同様に、平成生まれの若い人たちが激動の昭和を生きぬいた人たちに対して敬意を抱いているようです。一時期のような、演歌だとか、旅芸人だとかを、古めかしい、時代遅れのものとして揶揄(やゆ)する風潮とは全く異なります。よく海外で開催された時の「NHKのど自慢」で見かけられるような、地元の日系二世、三世の若い方たちが、誇りと敬意を持って、着物姿でコブシをきかせて演歌を歌っている時の心持ちに似ているようでもあります


[129] ●「禍福はあざなえる縄の如し」A Name:道開き Date:2012/01/21(土) 19:01 
下の書き込み〔128〕に続きます。
結局のところ、中国思想の根本には、『易』や『陰陽五行説』があるのだと考えられます。
家元となる中国では、長期に渡っての共産党一党独裁による“思想破壊”により、極めて希薄な状態になっているのが現実のようです。
日本では「江戸幕府の正学」として、儒教の新しい学問体系【朱子学】が武士階級に学ばれ、二宮尊徳(金治郎)などの実学を伴った市井の儒学者が多数輩出されたこともあって、民衆の間にまで広く浸透したように思われます。
第二次大戦後は、GHQにより、儒教的、朱子学的な価値観は弱められ、日本社会もその方針を引き継いだため、皆が知っての通り、日本的モラルの低下は、全く歯止めが利かなくなってしまったとされてきました。

ところがです。今回の東日本大震災の凄まじい状況下、民衆の心の奥底に失われずに残っていた儒教的精神が自ずから滲み出て来たようにも見受けられるのです。

★朱子学(しゅしがく)
南宋の朱熹(しゅき)によって再構築された【儒教】の新しい学問体系。これは日本で使われる用語であり、当時は、聖人の道を標榜する学派から派生した学の一つとして《道学》とも呼ばれた。
人間や物に先天的に存在するという“理(り)”に依拠して学説が作られているため《理学》(宋明理学)と呼ばれ、また、《宋学》とも呼ばれた。

★四書五経(ししょごきょう)
【儒教】の経書(政治経済等、世の中の仕組みに関する書)の中で、特に重要とされる「四書」と「五経」の総称。

     ●四書―「論語」「大学」「中庸」「孟子」
     ●五経―「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」


★「易経」について
「易」という文字は、「トカゲの象形文字」から来たものとされており、トカゲは一日に十二回も色を変えるとされており、世の中や人生は常に“変化”して止まないものと捉えているのです。

B.C.3,000年以前の人頭蛇身の伝説の王・伏犠(ふくぎ)が、陰と陽との組み合わせにより「八卦(はっけ)」を生み出したとされています。その八卦を解析することにより、B.C.1,000年頃の周の文王が「彖(たん)辞」を作り、息子の周公が「爻(こう)辞」を掲げました。B.C.6世紀に、孔子が、それに「十翼」を加えて『易経(えききょう)』を大成させたとされています。

※「彖(たん)辞」とは、断と同じで、短くその吉凶を説明した言葉のことです。「卦(か)辞」ともいう。
※「爻(こう)辞」とは、六十四卦(か)の各六爻の各々の爻について、その変化を説明したものです。
※「十翼」とは、「彖(たん)辞」と「爻(こう)辞」に関する十種の解釈書です。


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一つの例として、易の六十四卦(か)の中の「地雷復(ちらいふく)」という卦(か)を取りあげてみます。

「一陽来復」、つまり「陰極まれば陽に転ず」を表している卦(か)となります。

この卦(か)の「彖(たん)辞」は、
「復は亨(とお)る。出入疾(やまい)なく、朋来たりて咎(とが)なし。その道を反復し、七日にして来復す。往くところあるに利ろし。」

(解義)
復は来復、往復、回復、復活、復古の復で、かえる、もどる、行ってかえるの意である。
卦(か)象は「山地剥(さんちはく)」の綜卦(か)、即ち転倒した象で、一陽五陰卦(か)である。
消長卦(か)である。「山地剥(さんちはく)」の一陽が剥尽された大地に、一陽がもどってきた象である。「一陽来復」である。
月にとれば旧暦の十一月冬至(とうじ)の卦(か)で、これから次第に陽が長じていく時である。人事にとれば、指導者のいない民衆の中に一陽の指導者、君子がかえってきた、復活した時であり、従ってこれから新しい局面が伸展して行く時であって、物事が亨通するのである。
陽が出現したり、陰が伏入したりすることは天の運行であり、自然の理であって、いかなるものもこれを病気のように害し傷つけ阻止することはできないのである。そしてこれから二陽、三陽と同類の陽が生じ来ることによって、ますます伸長していくのであり、何の咎(とが)もないのである。
今再びここに乾(けん)の一陽が本来あるべきところに復ってきた。それは天行の道を通って循環してきたのであり、七日(七段階)にして復ってきたのである。
 復の卦(か)は、陽の君子の道が開かれ伸長し、発展しようとする時であるから、進んで事をなしてよろしいのである。


この卦(か)の六つの爻(こう)の中の
【初九】(一番下の陽の爻)の「爻(こう)辞」は、
「遠からずして復る。悔に祗(いた)ることなし。元吉なり。」

(解義)
復の卦(か)は、「卦辞」においては天地自然における陰陽の循環、往復について述べているが、「爻(こう)辞」は、人心の正邪、即ち人が過失を犯した時の正道に復ることの遅速得失を以て説いている。
 この爻(こう)は陽爻を以て陽位に居て位正しく成卦の主爻であり、卦中ただ一つの陽爻である。この爻は「山地剥(さんちはく)」の上九の陽爻が、外に往くことなく直ぐに初爻に復ってきたのであり、遠からずして復った爻なのである。
 即ち自分の行動がまちがったと知って、直ちにそれを悟って復ってきたのであって、このようにするならば後悔するに至らないのである。従って大いに吉なのである。


[128] ●「禍福(かふく)はあざなえる縄の如し」@ Name:道開き Date:2012/01/21(土) 19:00 
その意味は、「禍(わざわい)と幸福とは、巡り巡ってかわるがわるやって来る。まるでより合わせた一本の縄のように表裏一体であり、一時のそれに一喜一憂しても“仕方がない”」というもの。
出典は、『漢書 賈誼伝』であるとも、『史記 南越伝』だともされているようです。

東日本大震災直後の世界中のメディアでは、被災地の人たちの冷静沈着な態度に驚かされ、様々な角度から日本人独特の物の考え方を考察するアプローチがなされたらしい。例えばアメリカでは、「我慢」という言葉だとか、「仕方がない」という言葉が取りあげられ、様々な解析が加えられて報じられたということです。

日本人の、マイナスな出来事に遭遇した場合の思考パターンには、この「禍福はあざなえる縄の如し」だとか、「人間(じんかん)万事(ばんじ)塞翁(さいおう)が馬」の教えが、かなり根深いところまで染み込んでいるのではなかろうかとも考えられるのです。


※「人間万事塞翁が馬」
中国の北の方に占いの上手な老人が住んでいました。さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
ある時どういうわけか、その老人の馬が北の胡の国の方に逃げていってしまいました。この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので、近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。

「このことが福にならないとも限らないよ。」

そして、しばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさん連れて帰ってきました。そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。

「このことが禍(わざわい)にならないとも限らないよ。」

しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。近所の人たちが可哀想に思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。

「このことが福にならないとも限らないよ。」

一年経った頃、胡の人たちが城塞に攻め入って来ました。城塞近くの若者は全て戦いに行きました。そして、何とか胡から守ることが出来ましたが、その多くは戦いで死んでしまいました。しかし、老人の息子は足を負傷していたので戦いに行かずに済み、無事でした。

出典は、中国の古書『淮南子』(えなんじ)です。
「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは、世間(せけん)という意味です。「塞翁(さいおう)」とは、城塞に住んでいる翁(おきな)=老人という意味です。


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★悪い状況下においては、じっと我慢しながらも努力することを怠らずに、好い風が吹いてくる、飛躍の時期の到来を待つ。逆に、好い状況下においては、「驕(おご)れる平家久しからず」にならないよう、逆風が吹いてくる時期に備え、常に先を見通して、新規の研究開発に励む。個人においても組織においても、結局は、このことに尽きるのだと思われます。「ピンチの中にチャンスあり、チャンスの中にピンチあり」なのでしょう。

信仰面で言ったならば、日々神仏(不変の存在、確かなもの)に心を合わせ、絶えず変化・流転して止まない人生をより良き方へと導いてもらう。それこそが、人が取り得る“最善の方法”と言えるのではないでしょうか。


[127] ●運 勢  2012 Name:道開き Date:2012/01/02(月) 07:46 
今年の立春は、2月4日の19:23頃が「節入り」となります。

旧暦の「節切り」(二十四節気の)では、この日が一年の始めとされ、“年変わりの節気” と呼ばれています。 立春は雑節の基準日で、八十八夜、土用、二百十日などは立春から起算されます。
“運勢学”上の「九星」も、この時刻を境に【運勢盤】上を遁甲(とんこう・・移動)します。つまり、「年回り」が変わります。

今年は《六白金星》の年なので、今回も又、「干支・九星術」の《六白金星》年生まれの方の、月ごとの特徴を少しばかり挙げてみます。


●《六白金星》年「四禄木星・卯(う)」月生まれの男性
〔今年は、3月5日の13:21〜4月4日の18:06までに生まれる男性)

・伊武雅刀、田中義剛、鳥越俊太郎、上條恒彦、志茂田景樹、山本邦昌(サッカー監督)・・・・・・・・といった方たちです。

・傲慢なところがあるが活動的能力を持っている反面、怒りっぽく短気な側面も持っている。
・表面は如才なく人つきあいをするが本心は中々見せないで、自分が主役という態度を取り損するところがある。
・頼まれると正義感を出してやるので人に好かれるが、お人好しの所もみられる。
・辛抱強い面を持ち、機知にも富んでいるので、目的達成のためには努力し、頭となる。
・金銭面はツイているので、良い協力者を妻女にすれば相当な蓄財も可能である。女性にモテる性なので注意が肝心です。



●《六白金星》年「四禄木星・卯(う)」月生まれの女性
〔今年は、3月5日の13:21〜4月4日の18:06までに生まれる女性)

・ミ−(ピンクレディー)、綾瀬はるか、渡辺麻友(AKB48の“まゆゆ”)、マイコ、坂本冬美、相原勇、伊藤咲子、大空眞弓、高橋真梨子・・・・・といった方たちです。

・まじめさと如才なさを持って人つき合いもし、よく世話もする。
・几帳面に仕事をするので人から好かれ信用もされるが、根は頑固であるので、干渉されたりすると腹を立てて怒るところもある。
・苦労性のところがあって、物事のけじめをきちんと付けておかないと気が済まない潔癖さを持っている。
・金銭面には関心も強い人が多く、蓄財に心がける。
・家庭の主婦ともなれば、家庭内の円満に心がけ家計の調和に努めていくが、我がままな男性とは性が合わない。



●《六白金星》年「三碧木星・辰(たつ)」月生まれの男性
〔今年は、4月4日の18:06〜5月5日の11:20までに生まれる男性)

・森繁久彌、武田鉄矢、ゴルゴ松本、板東英二、風間杜夫、山下智久、森山直太朗・・・・といった方たちです。

・神経の細かいところがあって口やかましいが頭脳明晰な人が多く、先見の明があって機敏な動きをする。
・正直な性格であるので完璧さを求めるから自分自身にも厳しくするところがある。
・短気な面があるのですぐ腹を立て激怒することがあるので注意が肝要です。
・同僚でも上司でも好き嫌いをはっきり区別する性があるので、どちらかというと勤め人には向かない方である。
・金銭面には強い執着心を持っているから蓄財には若い時代から心がける人が多い。
・家庭では円満に心がけ妻子の教育にも心を配る人が多く、家庭主義を守ります。
・自分の世界にとじこもる人が多い。



●《六白金星》年「三碧木星・辰(たつ)」月生まれの女性
〔今年は、4月4日の18:06〜5月5日の11:20までに生まれる女性)

・桜田淳子、坪内ミキ子、萬田久子、酒井和歌子、木村佳乃、小宮悦子、坂下千里子、中川翔子、倉沢淳美(わらべ)・・・・といった方たちです。

・明朗活発で男勝りの強い気性を持っている人が多く、物事に対して一途に歩む心が強いのでちょっとの間違いも許せない潔癖症を持っている。
・自分の尺度に合わないと理屈っぽくなり、感情をそのまま現すので気難しい人に見られやすいが、人に頼まれると正義感を持って世話をするので頼れる人にも見られる。
・物事器用にやり遂げるので上司の受けもよく信用度も高い反面、熱しやすく冷めやすい所もあり、恋愛には盲目的になることがあるので注意が必要です。
・家庭の主婦ともなれば夫に尽くし、家庭第一主義を考え、蓄財にも努めて、良き妻女ぶりを発揮する。



●《六白金星》年「二黒土星・巳(み)」月生まれの男性
〔今年は、5月5日の11:20〜6月5日の15:26までに生まれる男性)

・外見的には二つのタイプに分かれるみたいです
【Aタイプ】王貞治、坂上忍、火野正平
【Bタイプ】大竹まこと、井ノ原快彦、芦屋雁之助、ガッツ石松
・・・・といった方たちです。

・どんな環境にあっても器用に周囲の人と馴れ合っていく順応性を持っていて、地味なようでも中々のお洒落なセンスを持っている人が多い。
・楽しい雰囲気とか、同じ趣味を持つ仲間同士と語り合う時間を大切にする人で、呑気な一面もあるが締まり屋のところもある。
・独創性豊かで、企画は独特なセンスを生かし計画をしていくところがある。
・外見より内容を重視する方で、人の好き嫌いはハッキリしている。
・負けず嫌いで体裁を飾ろうとする人であるため、信念は曲げず押し通していく一面がある。
・自分本位なところはあるが、知恵があるため人を喜ばせることは好きである。
・金銭面の運はある方で、浪費することも多いが蓄財にも努める。酒色に溺れやすいところがあるので慎むことが肝要です。家庭にあっては愛妻家の人が多い。



●《六白金星》年「七赤金星・酉(とり)」月生まれの男性
〔今年は、9月7日の14:29〜10月8日の06:12までに生まれる男性)

・外見的には二つのタイプに分かれるみたいです
【Aタイプ】やしきたかじん(委員長)、玉置浩二、松田優作、松田翔太
【Bタイプ】矢沢永吉、麻生太郎、中山雅史(ゴン中山) 、緒形直人
・・・・といった方たちです。

・自己流の尺度を持って物事を推しはかるところがある。成功しそうに見えてあと一歩のところもみられる。
・もったいぶる所があり、反対する者があると腹を立てて激怒するところもみられる。
・人の心を惹きつけることに関心を持ち、冒険的なことも嫌わずにやる。
・依頼心が強く、強い個性の持ち主で、人を使うことも上手で、世話も嫌がらずにやる。
・金銭面の関心は高いので、働くことを嫌がらないし、金儲けは上手な方である。衝動的な行動は慎んだ方が良さそうです。



●《六白金星》年「六白金星・戌(いぬ)」月生まれの男性
〔今年は、10月8日の06:12〜11月7日の09:26までに生まれる男性)

・いかりや長介、松岡修造、ウェンツ瑛士、山川豊、金子賢、宇津井健、堀内孝雄、伊集院光、秋川雅史、香田晋
・・・・といった方たちです。

・聡明で従順であって、内面はしっかりした芯の強さを持った人で、正直で正義感の強い面を持っている。
・倫理観もあり、冒険心を持ったファイトある人が多い。与えられた仕事は熱心にやり遂げ、商売も上手で、金銭面や物質面に恵まれている。
・見栄や体裁を飾るが交際は上手で、愛妻家の人が多く家庭は円満です。



●《六白金星》年「五黄土星・亥(い)」月生まれの男性
〔今年は、11月7日の09:26〜12月7日の02:19までに生まれる男性)

・勝新太郎、松崎しげる、小室哲哉・・・・といった方たちです。

・曲がったことが嫌いで向っ気が強く、常に正義感に燃える実行型の人が多い。
・気の優しい面もあり、目下の者の面倒は見るが、目上の人には反抗するところがある。
・家族の面倒はよくみるが周囲の人を自分の意のままにリードしないと満足しないタイプです。
・働くけれども金使いも荒い方であるので、にぎり屋を妻女にすると蓄財もできる。



●《六白金星》年「五黄土星・亥(い)」月生まれの女性
〔今年は、11月7日の09:26〜12月7日の02:19までに生まれる女性)

・外見的には二つのタイプに分かれるみたいです
【Aタイプ】宮崎あおい、原田知世、安藤優子(キャスター)、蓮舫、岩崎ひろみ(女優)、小森純
【Bタイプ】香川京子、杉浦圭子(NHK女子アナ)
【Cタイプ】岩崎宏美(歌手)、観月ありさ
・・・・といった方たちです。

・勝ち気で剛情で、自尊心も高く、男まさりのところを持った人です。
・曲がったことは大嫌いな反骨精神を持っているが、情にはもろい面を持っている。
・金銭面では中々の締まり屋で、働くことは嫌がらず忠実に仕事をする。
・家庭の主婦となれば夫に貞淑に仕え、家庭を大事にして家計のやりくりを上手にする。



●《六白金星》年「四禄木星・子(ね)」月生まれの男性
〔今年は、12月7日の02:19〜来年1月5日の13:34までに生まれる男性)

・森田健作、草野マサムネ(スピッツ)、保坂尚輝、細川俊之、江口洋介、織田裕二、小池徹平、テリー伊藤、ダンカン
・・・・といった方たちです。

・如才のない交際で細かい事にも気を遣い、相手を上手にリードするところがあり、勘も良い。
・記憶力にも優れ、頭脳面も優れているので往々にして自惚れが災いして失敗するところがあるので注意が必要です。
・理屈っぽい所もあり、自説を押し通す欠点もあるので反省が必要となります。
・年と共に妥協の大切さを知り、経済観念もしっかりしているので、働くことは嫌わずに努力する。
・自分の個性、能力を知って伸ばすことができれば大成する素質を持っているし、家族を大切にする人が多い。



●《六白金星》年「四禄木星・子(ね)」月生まれの女性
〔今年は、12月7日の02:19〜来年1月5日の13:34までに生まれる女性)

・外見的には二つのタイプに分かれるみたいです
【Aタイプ】岩下志麻、樋口可南子、音無美紀子、原田美枝子、藤山直美、山本潤子、小雪、早乙女愛
【Bタイプ】貫地谷しほり、有森也実、辺見エミリ、瀬戸朝香、高見恭子
・・・・といった方たちです。

・負けず嫌いであるが如才なく交際は上手にやるが、短気なところがある。
・几帳面で忠実に仕事に励むので可愛がられ重宝がられる。
・人の好き嫌いがあり、自分の好きな人の頼み事はこころよく引き受けて世話事もよくやるが、干渉されたりそしられたりすると逆上することもある。中には気難しい人もいる。
・家庭の主婦ともなればマメに働き、家庭を大事にし、蓄財にも努めます。


[126] ●「もし、あの時・・・・であったならば」 Name:道開き Date:2011/12/23(金) 19:35 
歴史上の出来事について、「もし、あの時・・・・であったならば」的考察は無意味なものとされているようです。
例えば、「もし、元寇の際に、二度の嵐が襲来しなかったならば・・・」だとか、「もし、明治維新の際に、幕閣に勝海舟が、薩摩藩に西郷隆盛、大久保利通がいなかったならば・・・」等といったように。

しかし、今回の震災でついつい考えてしまうのが、
「もし、あの大津波が真夜中に襲来していたなら、現在、約二万人とされている死者・行方不明者の数が一桁違っていたのではなかろうか。へたをすると被災地の老若男女のほとんどが全滅していたのではなかろうか」ということです。当日は、働き手の多くが仕事に出ていましたし、学生や子どもたちも学校・保育所等に残って留まっていました。

さらに、「もし、原発事故がより深刻なものとなっていたならば、東京を始めとする関東一円、東北地方のほとんどが人の住めない地域になっていたかもしれない」ということです。

本当に、考えるだけで空恐ろしくなります。

何事においても、“想定外”などという言葉は使用することのないように、ありとあらゆる可能性を想定し、「やるべき事は小さな事でもキチンとやる」ことこそが肝心なのだと思います。「やるべき事が解っているのにやらない(やれない)」では、日本が“ギリシア化”してしまうどころか、政治的“メルトダウン”を起こしてしまいそうです。


[125] ●「名言、名場面、名ゼリフ」 Name:道開き Date:2011/12/06(火) 10:10 
自分の場合、本を読んだり、映画を観たり、流行歌を聴いたりする目的のかなりの部分が、人生の後押しをしてくれる「こ・と・ば」と出会うことにあるとも言えそうです。今回の津波によって失ったものの中で、最も惜しまれる物の一つに、ここ20年間に渡って拾い集めてきた「言葉のノート」があります。残念無念です。

「溝(みぞ)をば ずんと跳(と)べ 危うしと思はば 嵌(はま)るぞ」

記憶のノートには残ったままの、この言葉に出会ったのは高校時代の頃で、ちょっとした「名言集」に載っていました。物事の本質を単純明快に言い表しているのが印象的で、今日に至るまで数多くの導きを授けてもらっているように思われます。
大根の漬物の名として知られる、江戸時代初期の禅僧・沢庵(たくあん)の著書『不動智神妙録』の中の言葉だとされています。禅師は、吉川英治の小説『宮本武蔵』の中では、剣豪・武蔵を導く心の師として登場しています。

最近、「海外メディアが今回の東日本大震災をどのように報じたか」を記した本を読ませていただきました。非常に興味深いものがありました。
津波の二、三日後には、我が家の直ぐ側の野蒜小学校に、CNNなどの海外メディアのテレビ・クルーが数多くやってきていて、町内会の皆さんが一丸となって炊き出しする様を撮影していたのには驚かされました。
(直接関係のない話になりますが、野蒜駅を出たJR仙石線の車両が、津波に押し流されてVの字になって脱線している様がよくテレビに映し出されていましたが、その場所は我が家の真正面に当たり、うちで所有している土地です。・・・日常の風景が一瞬にして変わってしまいました。全くもってリアル感のない出来事でした。)

話を元に戻します。後に、アメリカのテレビでは、黒澤明監督の映画『七人の侍』のシーンが流され、一丸となって、冷静に、毅然とした姿で、困難に立ち向かう日本人の精神文化が解析されて報じられたとも伺っています。

「離れ家は三つ、部落の家は二十だ。・・・・・又、この部落を踏みにじられて離れ家の生きる道はない。いいか、戦とはそういうものだ。人を守ってこそ自分も守れる。己のことばかり考えるやつは己をも滅ぼすやつだ。」

他にも、
「良い城にはきっと隙が一つある。その隙に敵を集めて勝負する。守るだけでは城はもたない。」
「子どもは大人より働くぞ。・・・もっともそれは、大人扱いしてやればの話だがな。」
「いいか、敵は怖い。誰だって怖い。・・・しかしな、向こうだってこっちが怖い。」
「攻める時も 退く時も走る。 戦に出て走れなくなった時は死ぬ時だ。」

以上が、映画『七人の侍』の中でも特に印象に残っているセリフです。名画というのは、名セリフ、名シーンの積み重ねによって成り立っているようにも思われますが、『七人の侍』は、まさにその宝庫であるとも言えそうです。

「シェーン、カムバック」と叫ぶ少年の声が、遙かなる山々に響き渡るラストシーンが余りにも有名な西部劇『シェーン』。映画の最大の山場とも言える、ガンマンのシェーンとシャイアンから招かれた殺し屋ウィルソンとの決闘シーンが印象に残ります。“プロ”同士の対決というものはこういったものなのか、命をやり取りするに当たっても、表面的には実に冷静であり、一転、水面下では、ありとあらゆる駆け引きが行われている。二人が交わす言葉、所作の一つ一つのせめぎ合いにぞくぞくさせられます。言葉のやり取りが、そのまま命のやり取りになっているといった構成です。

もう一つ好きなのが、映画『マイ・フェア・レディ』の休憩に入る直前の第一幕の終わりのシーンです。イライザ(オードリー・ヘップバーンが演じる)が競馬場での失態を嘆く場面から、一瞬にして、舞踏会に向かうシーンに切り替わります。
これから出向く舞踏会に、どれほどの困難が待ち受けているのかは十分過ぎるほどに予想されながらも、その凜(りん)とした様、その覚悟のほど、内に秘めた自信 (失敗後の訓練のシーンが全く描かれていないにもかかわらず、それら一切を無言で現してしまっている演出の凄さ) といったものが、映画『シェーン』の決闘シーンと非常に重なるものがあるのです。前述した沢庵禅師の言葉とも重なります。

『マイ・フェア・レディ』は、ブロードウェイでロングラン上演を重ねた舞台劇の映画化ですから、ストーリー展開が洗練され尽くされていて、全く隙がありません。この点においても、まるで決闘を見ているかのような気持ちにさせられるのでしょう。

かたや邦画の時代劇、かたや洋画の西部劇、ミュージカルといった、全く異なるジャンルの映画のこれらの名シーンは、何十回見ても飽きないし、見る度にパワーをもらえるのです。有り難いものです。


[124] ●「人生の意味」 Name:道開き Date:2011/11/22(火) 13:33 
大震災から8ヶ月が過ぎ、被災地では自殺や精神疾患に苦しむ人が急増しています。
家や家族を失い、仕事も失って、先の見通しが立たず、「人生に意味」を見出せなくなっている人たちが増えているのです。

以下に、十年ほど前にベストセラーとなった、養老孟司著『バカの壁』の中に記載されていた、「人生の意味」に関する記述を抜粋して取りあげてみます。

◆◆◆
(国家、地域社会、会社、家族などの)共同体がバラバラであることそのものが自由の表れであるかのような風潮に対し、一つのヒントとなる考え方がある。それは「人生には意味がある」という考え方だ。

アウシュビッツの強制収容所に収容されていた経験を持つV・E・フランクルという心理学者がいます。(収容所での体験を書いた『夜と霧』や、『意味への意志』『〈生きる意味〉を求めて』など、多数の著作を残している)
彼は、一貫して「人生の意味」について論じました。そして、「意味は外部にある」と言っています。「自己実現」などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しません。つまり、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見いだせる場はまさに共同体でしかない。

フランクル自身も、強制収容所といういつ殺されるかもわからない状況下で、「生きるとはどういうことか」という意味について考え、「他人が人生の意味を考える手伝いをする」ことに行き着いたという。

フランクルが七〇年代にウィーンの大学で教鞭を執っていた際、ヨーロッパの学生たちが「人生は無意味だ」と考えていたのは25パーセントだったのに対し、アメリカからの留学生の60パーセントが「無意味だ」と考えていた。特にアメリカ型の思考を持つ人にこういう考え方が多いことがわかった。さらに当時の統計で、若い麻薬患者の100パーセントが「人生は無意味だ」と考えていた。

人生の意味を考えることはそう簡単なことではないかもしれません。なかなか答えが出るわけではなく、正解が用意されているわけでもない。「人生は無意味だ」と割り切った方が、当世的で楽にも思えます。しかし、それを真面目に考えないことが、共同体はもちろんのこと、結局のところ自分自身の不幸を招いている。
◆◆◆

自殺者が増えているということは、突き詰めれば「人生に意味を見出せなくなっている」人が増えていることに他なりません。昨日、待ちに待った3次補正予算案がようやく国会を通過したようです。国会議員の皆様方には、もっとスピード感を持って、他人事ではなく自分たちの事として(同じ共同体を構成する者として)、被災地の「共同体の再生」に取り組んでもらいたいものです。


[123] ●『物語』 Name:道開き Date:2011/11/11(金) 09:17 
実写映像やドキュメンタリーでは伝わりにくい、物語にしないと伝わらない真実もあるのでしょうから、被災地で起こった多くの出来事を再現ドラマ化して、テレビで放映していただきたいすものです。
当日、被災地にいたほとんどの人たちが“九死に一生”状態だったので、「九死に一生“スペシャル”」のタイトルは付けにくいかもしれませんが。

P.S. ようやく当地においても、光ファイバー網が復旧し、インターネットが思う存分に使えるようになりました。よって、メールの送受信も可となります。


[122] ●御神体(ごしんたい) Name:道開き Date:2011/10/25(火) 16:50 
一般には「神霊の憑(よ)り坐(ま)す物体」「神霊の宿る物体」を指していう言葉で、“御霊代(みたましろ)”、“霊御形(みかたち)”、“正体(しょうたい)”等とも称する。鏡、剣、玉などが多く、御幣(ごへい)、神像(しんぞう)もあり、石や山、滝などの自然そのものを御神体として祭る場合もあります。

今回の震災による大津波で、社殿と共に御神体が流失してしまったという神社も少なくありません。当方でも、針生稲荷神社と、白鬚神社の境内末社の八幡神社の御神体が未だ不明となっています。但し、以前から両祭神の分霊(ぶんれい、わけみたま)を勧請(かんじょう)して、宮司宅(兼社務所)神殿にお祭りしていましたので、こちらの御神体が“本体”になったわけです。

神霊はよくローソクの灯に例えられたりもします。一本のローソクから何万本のローソクに灯火を移すことができるように、神霊も同じで、お札や御守に分霊されます。元のローソクの火も本物であり、移されたローソクの火も本物です。
この際に何が重要なのかというと、祭祀を執り行った神主の持つ「鎮魂力(ちんこんりょく)」(一般で云うところの、「霊力」という言葉に置き換えられそう)ということになります。
この「鎮魂(力)」については、江戸末期の神道家・本田親徳(ちかあつ)が解り易く定義しています。 (これまでにも何度となく取り上げてきましたが) 以下の通りです。

 鎮魂とは、
@「日常的な霊魂の訓練のようなもの」
A「帰神=憑霊のための準備的行法」
B「自他の霊魂を外部の物体に憑依集中させること」
C「自己の霊魂が天御中主神のもとに至ることによる神人感応」
と説いている。
(Cの場合は憑霊よりもむしろ脱魂に近く、「神が自分の霊魂を
草木に付けることも」鎮魂であるとしている。)


我々神職が日々行っている祈祷(きとう)やお祓いも、結局は、この「鎮魂力」による行為ということになります。

よって、津波で御神体が流された神社の神霊(神さま)も、お仕えしている神主がしっかりとした「鎮魂力」を身につけた者ならば、新たに準備された御神体に勧請(かんじょう)されて、これまでと全く変わることなく憑(よ)り坐(ま)すこととなります。

さらに、当社のことに関して言わせてもらったならば、現在は宮司宅(兼社務所)の神殿に各社の御神体をお遷しし、こちらで御祈祷やお祓いを行っています。憑き物のお祓い等に関しても、白鬚神社で行っていた時と全く変わることなく効顕が有りますので、心配はご無用ということになります。


[121] ●日本の“改革スピリット”は眠らない Name:道開き Date:2011/10/12(水) 17:07 
今話題の一冊、『日本中枢の崩壊』(古賀茂明著)。国家の中枢に身を置き、数々の改革への取り組みを身近で見てこられた元経産官僚が著した本を、多くのテレビ番組が取り上げていましたので、興味津々で拝読させて頂きました。

どの総理、どの政治家が本気で改革に取り組んでいたのか、後ろ向きなのは誰だったのか等が、総て実名で記されていたのには驚かされました。こういったことはその場に居いた人でないと分からないことです。今が、幕末・明治の激動期だったなら、間違いなく攘夷派や守旧派に命を狙われていたことでしょう。例えるならば、古賀さんは、幕閣の一角にいた開明派の勝海舟や小栗上野介のような立場の方とも言えそうです。

西郷南洲(隆盛)翁が、「命もいらず 名(名誉)もいらず。 そういった人ほど手に負えない者はないのだ」と語っていますが、まさにそういった境地におられる方のようでもあります。
既得権を死守することに執心し、変化することを極端に恐れる“守旧派”の官僚たち、その手先にされてしまっている多くの政治家たち。彼ら総てを敵に回してでも改革を推し進めていくのだといった覚悟が感じ取れます。
黒沢明監督の代表作の一つ『生きる』の、志村喬が演じた主人公のようでもあります。古賀さんは映画の主人公と同じ病気を患ったと云うことです。

とにかく、明治維新や、先の大戦までの経緯を知るにつけ、国や組織には、長い年月を経るに従って、必ずサビが生じてくる。つまり、国家の諸制度が時代の急激な変化に対応しきれなくなり陳腐化してほころびが生じてくる。にもかかわらず、これまでの成功体験が逆に足かせとなってしまい、組織が変革を拒み続けて“硬直化”してしまう。
これは日本に限ったことではなく、世界の歴史上でも数多く見られることです。中国王朝の興亡史などはまさにこの繰り返しです。いわゆる“外患内憂”の、内なる憂いである「官僚腐敗」によって国は衰退し、やがては、力を有する新たな国が勃興して来ます。

歴史的見地からしても、或る一定の時期に「改革」を断行し、サビ取りを行って国家の機能不全を正し、組織を改新することは避けては通れない道です。日本がこのまま、ギリシアのような状況に陥ってしまうことだけは避けなければなりません。

何かを手に入れるためには それと同じ分だけのものを手放さなければならない。個人も国家も同じだと思われます。総理大臣の強力なリーダーシップ、政治決断の元で、生産性を向上させる為の「スクラップ・アンド・ビルド」、そして、より有効性を高めるための「選択と集中」的政策を断行していってもらいたいです。

★さらに、被災地からの立場で言わせてもらったなら、今回の大震災被害を単なるマイナスな出来事とのみ留めてしまうのか、それとは逆に、この大惨事を日本再生のための大きなチャンスに変えていけるのかは、今後の日本の未来を占っていく上での大きな試金石になるとも考えられます。この国のトップの元には、あらゆる英知が結集されて、前日に口にしたことを翌日に撤回してしまうようなブレが生じない、未来を見据えた、腰の据わった政策が矢継ぎ早に打ち出されていくことを切に期待します。


[120] ●被災地でのコンサート Name:道開き Date:2011/10/04(火) 17:49 
被災地での日常は、周りの風景や物事が余りにもモノトーンに過ぎるため、夢や希望、一筋の光明といったものがとても重要になってきます。
政治的、経済的な物質支援は本当に有り難く、生活の根幹に関わるものであることは間違いないと思われるのですが、文化的・芸能的な心の支援もかなり重要なものに思われます。

特に、有名芸能人の方たちが被災地慰問に訪れてくださることは、子供たち、若者たちをすこぶる活気づけることになります。学生時代、味気のない試験勉強や受験勉強をしていた際に、アイドルや映画スターの存在が、どれほどの夢や癒しを与えてくれたかを思い出してみると、復興にとってかなりの力になっていることは疑う余地も在りません。当時は、スティーブ・マックウィーンの映画『大脱走』や『パピヨン』でのシーンを思い浮かべるだけで、多少のことは我慢することができた自分がいたことを覚えています。

異文化交流といい、異業種間交流といい、異なる境遇の人たちが交わりを結ぶということは、何らかの化学反応を起こし、互いにとって様々なチャンスを生み出すことは間違いないでしょう。華やかな輝きを放つアーティストと被災下にある聴衆が心を合わせて、一つの空間・時間をコラボしている内に、慰問する側のアーティストも、ついついマンネリズムに陥りがちな日々の活動に、改めて意義を見出したり、何らかの示唆を受けたりすることにもなるのでしょう。

映像メディアに関わる皆様には、そういった機会を繰り返し演出し続けていただきたいものです。若年世代が活気づくことは、被災地にとっては紛れもない光明ですし、そういった光景が映し出されることは、日本中に“オールジャパン”の機運をもたらすことにもなるのだと思われます。


P.S. 当地では、いまだ光ファイバー網が復旧せず、インターネットが使えずにいます。再三再四、電話しているのですが中々工事に来てもらえません。よって、メールの送受信も叶わず、今しばらくお待ちいただくことになります。悪しからず。


[119] ●マジック・スクウェア(魔方陣) Name:道開き Date:2011/09/10(土) 16:30 
易の「八卦(はっけ)」や「九星」の起源は、古代中国の神話伝説に由来します。このことについては以前にも書き込みしましたが、再度記します。

★河図(かと)
太古、蛇身人首の王、伏犠(ふくぎ)氏が王であった時、黄河流域の河上で龍馬(りょうま)を捕らえた。その背には旋毛による数紋が見え、これを図にしたのが「河図(かと)」と呼ばれるものであり、それにヒントを得て易の「八卦」を画したとされている。これが先天定位盤の「数理」の元となる。

※易の八卦 ― 乾(けん)・兌(だ)・離(り)・震(しん)・巽(そん)・
坎(かん)・艮(ごん)・坤(こん)

  
★洛書(らくしょ)
古代の聖王・夏(か)の禹(う)王が先帝・舜(しゅん)の命により治水工事を行っていた際に、黄河の支流・洛水(らくすい)から神亀が出現した。その背中にあった一から九までの       神紋を図にした物が「洛書(らくしよ)」とされる。これが九星図(後天定位盤)の「数理」の元となる。欧米ではマジック・スクウェア(魔方陣)と呼ばれており、五を中心にして、タテ、ヨコ、ナナメ、いずれの総和も十五になります。



四   九   二

三   五   七

八   一   六


九星術と云われるものは、この九星盤(後天定位盤)の数を元に行われます。

※九星の種類  
一白水星・二黒土星・三碧木星・四禄木星・五黄土星
六白金星・七赤金星・八白土星・九紫火星


[118] ●復興は大いなる希望と歓喜の中で Name:道開き Date:2011/08/12(金) 17:55 
なでしこジャパンのワールドカップ大会の優勝は、震災による大津波や原発事故で打ち拉がれている日本への、天からの贈り物のようにも思われました。今後の復興の後押しをして下さっているのでしょう。

物事に取り組む際の心持ちとしては、どこかに、「うれし、楽し、面白し、有り難し」といった「無類の喜び」のようなものがないと成就しにくいものにも思われます。「何があってもやってやる、勝ってやる」といった悲壮感だけではダメだと思われるのです。つまりは、「自分が事を成しているのだろうか、何らかの大きな力に操られているのだろうか、はたまた、そういったものと一体化してしまっているのか、何がなんだかわからない。ただただ嬉しくて、楽しくて、面白くて仕方がない」といった、いわゆる、「神遊び」の境地に入り込んで、大きな歓喜に包み込まれた状態の中で、なでしこジャパンの選手たちは戦って優勝したようにも見受けられました。

日本の祭りの原型は、「天の岩戸開き」神話にあります。至高の女神・天照大御神が岩戸隠れされて後、この世は暗黒となり、悪神たちが跋扈(ばっこ)して多くの災難が発生しました。神々たちは天の安河原に集まって評議しました。その結果、まずは、常夜(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)をたくさん集めて一斉に鳴かせ、榊(さかき)に勾玉(まがたま)や鏡を掛けた太玉串(ふとたまぐし)を奉り〈・・お供え物として 〉、祝詞(のりと)を奏上し、舞を奉納しました。

天の岩戸開き神事の主役は、なんと言っても、オカメ顔の神楽舞の女神・天宇受売命(あめのうずめのみこと・・・当社の御祭神の一柱)と言えるでしょう。日本の場合、神代の昔から女性の方が頼り甲斐があったようです。
天の香具山(あめのかぐやま)の日陰蔓(ひかげのかずら)を襷(たすき)にかけて、まさきの蔓(かずら)を髪かざりとし、笹の葉を手に持ち、岩戸の前に空桶(からおけ)を伏せて、その上でドンドコ、ドンドコと踏みならして乱舞しました。
踊っているうちに、衣服は乱れ、乳房もあらわになり、紐(ひも)もほどけて、ついには陰部までのぞかせるといった様で、八百万の神々は一斉にドッと笑いころげ、高天の原は時ならぬ陽気に満ち溢れたという。

これはあくまでも自分の希望なのですが、今後の被災地復興のBGMには、お国は違っていても、純粋な喜びに満ち溢れているABBA(アバ) の「ダンシング・クイーン」が何時いかなる時にも響き渡っている、そういった状態で進んで行ってほしいです。
(スウェーデンというヨーロッパの東北地方とでも言えそうな北欧の国で生まれたグループですから、全く共通点がないというわけでもないでしょう。・・・超こじつけ???)
悲壮感だけではやり切れないと思われます。「上を向いて歩こう」も素晴らしい曲だとは思いますが、日本にも、いつの日か、こういった無上の喜びが感じられる曲が、天から降りてくることを心待ちにしています。

「河内おとこ節」だとか「南部俵つみ唄」等も良いことはよいのですが、いま一つ力強さと洗練さに欠けるかなとも思われます。


[117] ●非常時に見られる人間の行動 Name:道開き Date:2011/07/29(金) 15:59 
今回の津波災害や原発事故の様な非常事態時においては、往年の戦争を描いた映画の数々が思い起こされました。
『シンドラーのリスト』、『戦場のピアニスト』、『スターリングラード』、『ナバロンの要塞』、『ソフィーの選択』、『ホロコースト』・・・・・・邦画では、『人間の条件』、『戦争と人間』といった作品等。

民衆の心理は戦時下と同様の状態になり、行動も似たようなパターンを取るようです。
平時においては見えにくかった事柄を際立たせたりもするし、人間の弱さ、ずるさといったものが浮き彫りにされたり、それとは逆に、人間の持つ強さ、崇高な精神といったものが現れ出たりもするようです。

『シンドラーのリスト』で言えば、仲間の一人ひとりに心を砕く優しさを持った賢明な会計士だったり、強制収容所内に身を置きながらも自らの職責に苦慮するラビ(ユダヤ教の司祭・・・・三度もピストルが不発となって助かった人物)だったり、我が身に降りかかる危険を顧みずに仲間たちを匿おうとした幼い少年だったり、しぶとく、逞しく、闇取引を繰り返す若者たち等・・・・
『ソフィーの選択』で言えば、軽い戯れ心から悪魔の二者択一を強いたドイツ兵だったり、その選択により生涯にわたって心の罪を負わされることとなったユダヤ女性のソフィーだったり・・・・
『スターリングラード』で言えば、純朴なシベリアの鹿撃ち上がりのスナイパーと、その青年の純朴さを愛する知性溢れる炎のような女性、そして、総て計算づくで事を運ぶ狡猾なソビエト将校との三角関係だったり・・・・・

「性善説」と「性悪説」、どちらが本当に正しいものなのかは私には判りかねますが、その人がきちんとした道徳教育を受けて来たか否かによって、非常時においては、人は神にも仏にも、鬼畜にも邪にも成り得るようです。

任務の遂行に勤しむ自衛隊員、警察官、ボランティアに打ち込む青年たちの姿も見られた反面、無人地帯と化した被災地では、多くの窃盗事件が起こっていました。我が家にも泥棒が押し入ろうとしていたところを、見回り中の消防団の人たちが取り押さえたことを知らされました。犯人は少し離れたところの同じ被災者の若者たちでした。

避難先近くの仙台市の大型スーパーでは、何時間も買い出しに並ぶ人たちの列に、平気で割って入る若者たちの姿も見られました。たまりかねて、「こら、割り込みをするな。何時間も並んで待っている人たちの姿が見えないのか」と注意をすると、20代の女性とその友人か夫らしい男性が、「家族が並んで場所を取っていたから割り込みではありません」という。こちらが「そういうものではないだろう」と言うと、「そういうものです」と言い張ります。その親たちは、引け目を感じてのことなのか、マスクや被り物で顔を隠し、そっぽを向いて知らんふりをしていました。

50代くらいに見える親たちのモラルも低くなっているのですから、その様な親に育てられた子供たちのモラルたるや推して知るべしかとも思われました。


P. S.  当地では、水道、電気、電話と、インフラの復旧が進んでいますが、光ファイバーだけが未だ繋がっていません。瓦礫の撤去も進み、今は家屋の解体作業が行われています。
つい先日、家々が解体されて空き地になった辺りを、月明かりが煌々と照らしていました。しばらくその光景を見ていますと、突然、土井晩翠の「荒城の月」の歌詞が脳裏をよぎって行きました。非常に寂しいものでした。


[116] ●「やはり音楽はいい」 Name:道開き Date:2011/07/02(土) 20:02 
後ろ向きな事を考えたり、パンパンに張り詰めて頭を悩ませている状態では、決して良い考えなどは浮かんでこないように思われます。
ほんの僅かな時間でもいいから、音楽に聴き入るでもなしにただぼんやりと耳を傾けながら、ニュートラルな、オープンマインド状態にしていると、様々なインスピレーションが降りてきます。
程良い緊張と弛緩の状態がもたらす境地で、瞑想、鎮魂行、座禅を組むときの脳波に近づいているようにも思われます。

私もようやく、避難先の名取市のゆりが丘の姉の家から完全に野蒜の家にもどることとなりました。昨夜、久々にBSで好きな音楽番組を見ていましたら、様々な考えがただひたすらに降りてきました。・・・・妄想でなければいいのですが、その考えとは以下のようなものです。

被災地支援とは言っても、膨大な資金が注ぎ込まれるのだから、私の仕事館だとか昔のグリーンピアの様な無駄な公共事業とならないよう、今後の日本の為により多くの財を生み出すような有益な投資となるように、被災地では一人一人が知恵と根性を振り絞って頑張らなければならないということ。

大津波に襲われた翌朝、一人自宅の前にたたずんで四方を見回したところ、「何だこれは、映画『戦場のピアニスト』のピアニストが、砲撃戦が静まった後に隠れ家から出て周囲を見回したときの光景と全く同じではないか」との思いを持ちました。まるで爆撃を受けた直後のようでした。

支援を受けるということは、よくヨーロッパ戦線を描いた戦争映画に出てくるレジスタンスの活動家たちが、米英から武器弾薬の供与を受け、自分たちは自らの命をかけて戦うことにより、ナチスに対する大きな成果を上げるといったことにも例えられそうです。
とにかく被災地では、地元の者にしか判らないような土地の利を活かした大胆且つ細心な計画を練り、様々な組織を立ち上げて、老若男女の一人一人がパルチザンの様になって頑張り抜くしかないと思うのです。
そうして努力を積み重ねて行くことにより、二宮尊徳(金治郎)の教えにも通じることになります。・・・・・(“超妄想”???????)


[115] ●生々流転 Name:道開き Date:2011/07/02(土) 20:00 
「上善は水の如し」「水は方円の器に従う」「水滴石を穿つ」「水清ければ魚住まず」の喩えの如く、中国の古代思想は、自然の中における「水」のあり方を重要視する。

政治も経済も、この世の仕組みは総て、“バランス”が取れていて、常に“柔軟”に“流動化”し、人も(霊も)財も“循環”している状態こそが理想的に思われます。

今回の震災は、以前からの様々な問題点を更に浮き彫りにしているようにも思われます。
原子力安全・保安院、東京電力等の“硬直化”した天下り・癒着体質などは、戦前の軍部の体質と何ら変わりがないようでもあり、正しい検証と改革が行われないことには恐ろしくて仕方ありません。

二年前に、NHKで、『日本海軍 400時間の証言』という番組が放送されました。
当時の海軍内部で起きていたことが、あまりにも、現代日本の各組織内で起こっている問題そのものであったということで、視聴者からは、かなりの反響があったらしいです。
(JAL〈日本航空〉や大相撲界の抱える体質問題に顕著に現れた)


・「予算獲得のために、つまり、組織の利益を最優先させた結果、陸軍に歩み寄り、対米強硬論を主張し、開戦が避けられなくなった」
「トップは長期的計画がないまま開戦を決断した」「日常の業務に追われ、長期的な計画を冷静に研究するスタッフがいなかった」


・「対米戦に強硬に反対していた“知米派”の米内光政、山本五十六、井上成美などを排除してしまった」「日本の組織というものは不思議なくらいに、一歩飛び抜けて前を行っている人を邪魔にし、排除する」「今、仲良くやっているのだから、お前はつまらないことを言うなという風になる」 (「排除の論理」) 


・「普通、組織というものは、失敗を教訓として伝える為に、必ず、討議が行われる。しかし、一回たりとも、それが行われなかった。勝利体験のみが語られ、失敗体験は隠された。というのも、責任問題が生じてくるため。」「失敗ほど教訓が含まれているものはないにもかかわらず」


★★★★★
更には、被災地の復興を推し進めるに当たっての本当の問題は、日本のあらゆる機能の「東京一極集中」にこそあり、この傾向が改善されない限りは「地方の衰退」にストップがかかることはないようにも思われます。

国家の在り方としての行政・政治・経済の総てが東京に集中してしまっているというのは、一見すると便利で良さそうに見えても、『陰陽五行説』的見地からすると、間違いなく“偏り(かたより)”であり、バランスの取れていない状態であり、かなり危うい状態にあるということになります。現在のままでは、東京に一大事が起こってしまうと日本全体が沈むことになるでしょう。

明治政府が推し進めた中央集権的「廃藩置県」の逆の、「廃県置藩(はいけんちはん)」という言葉が使われるようになってから久しいですが、「道州制」、「地方分権」、「地方主権」、「地域連合」といったものも同様のニュアンスを含んでいると言えるでしょう。このような動きには非常に期待しております。

徳川の江戸幕府が衰退して力を失っても、薩長を始めとする地方の雄藩が、藩内教育の充実などにより、力を維持し続けていたからこそ、世界史の奇跡とも言われる明治維新がこの日本で成功したのです。

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